忍者ブログ
まったり日記☆画像のお持ち帰り・文章の無断転載は禁止ですm(__)m
            
[1]  [2
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

彩乃音葉。20歳。

随分長いモテ期見舞われている。
もう一年以上も経つ。


この期間で何人の者人から告白をされたんだろ?う~ん…5人くらい?合コンの人数合わせとかで、たまぁに参加してたし。

いま思えば、怖いくせに「彼氏が欲しいっ!」って気持ちだけで、だいぶ無理して動いていたな(笑)友達が上手くカバーしてくれてたり、自分でも何気なくガードして乗り切ってた。

そして、ちゃんと付き合ったのは2人。
合コンで知り合った訳ではなく、友人から教えてもらった出会い系サイトで知り合った人。


18歳半ばは横浜の32歳の人は半年くらい付き合ってみた。絵を描く人だった。
19歳前半は春日部方面の26歳の人と3ヵ月くらい付き合ってみた。建築士を目指してる人だった。

2人の共通点は、真面目で優しかった。

あと、私と付き合うからには知っておいてもらわなくてはいけない『男性恐怖症』のこと。仲の良い女の子の友達しか知らない、この事情。

それを伝えた時、2人とも大人だったから普通に受け入れてくれた。だからまるで壊れやすいガラスの人形の様な接し方をされた。
キスなんてしない。手しか繋がない。
でもやっぱり1ヵ月を過ぎた頃、求められる男女の関係。無理にきまってんじゃん!

結局話し合っても、3ヵ月~半年位しか続かない。
自分に原因があると判ってはいる。でも、それ以上の事を求められても前に進めないんだよ。その気持ちを理解してくれない人とは、まず会うことすら無理になるんだよ。





そして、今。

もう、いいや!

最近はそう思う。男性と付き合うのがこんなにシンドイなら、彼氏なんかいらん。

最終的にたどり着く、正直な思い。





でもさ、今更気付いたことがあるんだ。

この、積み重ねの「恋愛ごっこ」みたいな日々は私を大きく変えてくれたと思う。

少なくとも、今、悪い男性しかいない!なんて思ってはいない。
ちゃんと真面目で優しい男性も居ることが分かった。



それだけでも、このモテ期は何かを得る切っ掛けになったと思う。



疲れたから、今は休憩しよう。
また歩み出したくなったら歩きだそう。



そして、その2人に感謝…かな。
PR
※本文にセクハラな台詞が出てきます。不快に思う方もいると思いますので、苦手な方はご遠慮下さい。また不快になられても責任は負いませんのでご了承下さい。






彩乃音葉。
19歳。

モテ期、真っ最中。

恋に憧れて、そろそろ恋愛をしたいと思っています。


しかし、ことごとく邪魔する……

「男性恐怖症」


トラウマの中で、最も私の人生を狂わしたあの出来事。





小学校四年生になったばかりだった。

ママの姉弟の知り合いの夫婦が近くに住んでた。


元々人見知りをしない私は、余所の家に泊りにいくのが大好きで日常茶飯事だった。
だから、そこの家にもよく泊りに行ってた。

そこのおじさんが変態とも知らずに。



とある日。
おじさんに「一緒にお風呂に入ろうか」と言われ、警戒心が全く無い私は、何も気にすることなく一緒に入ったのだ。これ迄に何回か一緒に入っていたし、断る理由が無い。
現代っ子のように別にマセていなかったので、本当にパパと入る感覚で。


その日、最悪な事態は起きた。


「音ちゃん、おいで。背中、洗ってあげるよ~」
と、いつものように言われ湯槽から出た。
いつもなら背中を流してくれて終わる。

しかし、その日は違った。
全て洗ってくれたのだ。
その時、おじさんの異変に気付く事が出来なかった私。

「音ちゃん、ちょっとそこに座って」
私はシャンプーでもしてくれるのかと、椅子に腰をかけた。

おじさん「ねぇ、音ちゃん。お願いがあるんだけど」
音葉「なぁに?」
おじさん「脚を広げて」
音葉「…?」
おじさん「ねぇ、お願い」
音葉「…」
私は顔を横にふった。

その瞬間、肩を思いっきり掴まれ、
「ねぇ…音ちゃん…?」
おじさんの目付きが変わった。逆らったり声でも出せば何かしそうな、まるで犯罪者のような冷たい目に。
広げざる負えない状態になり、軽く広げた。


何故か抵抗が出来ない。何故か逃げれない。
そんな恐怖心をこの時に覚えた。


おじさんは私の大切な部分をじっと見つめ、自分の大切な部分を触りだした。

怖さに怯えていた。

少し時間が経った頃、突然液状のものが私にかかった。

おじさんは気味悪笑みを浮かべ
「これが赤ちゃんの種なんだよ」
と言うと、おじさんはお風呂場を去っていった。



その後、誰にも言えなく、何回か普通を装い泊りを避けながらも遊びにいった。


しかし、ある日私は、夫婦のもとへ預けられた。

恐怖な一日の幕開け。

昼間はなるべくおばさんの目が届く場所で遊び、夜もそうしていた。

お風呂はもう怖くて一緒に入ることなど出来なかったし、おじさんもしつこくは誘ってこなかった。

でも食事の途中
「ご飯食べおわったら、おじさんの部屋においで。アニメでも観ようよ!」

部屋に呼ばれたのだ。

嫌だったけど、おばさんの目もあるし、仕方なくおじさんの部屋へ足を運んだ。


私は恐怖を掻き消すように子供番組のTVを観ていた。

おじさんは押し入れの中のダンボールを漁ってる。

「音ちゃん、コレ見てぇ」

ダンボールの中から取り出してきたのは、海外のアダルト雑誌。モザイク無し。

中をパラパラと観せられたと思ったら、突然押し倒され、上に追い被さって来た。
ビックリして声も出ない私を見て、またあの冷たい目。

私の脚を両手で開き、大切な部分をあててきた。
そして腰を振り出した。

「今は服の上からだけど、愛し合う時は本当は裸でするんだよ。」
「音ちゃんのにおじさんのを入れたら、音ちゃんの小さいから壊れちゃうからね」

当時の私には理解しきれないことだ。

ただ、次は何をされるのか?という嫌な恐怖感。



そしてやっと解放され、その日おばさんの隣で寝た。

そういえば過去に、隣におばさんが寝てるのに、真夜中、私の上に乗っていた事もあった…。


このおじさん、やっぱり普通じゃない。


理解不能だけど、幼いなりに肌で感じる'イケナイ,こと。



とうとうママは私の異変に気付き、問い詰められた。
全部話した。

それから私は、その夫婦のもとへは行かなくなった。



幕は閉じた……。





しかし幕は、完全に閉じたわけではなく…


と言うのも、

あの頃理解出来なかった事が、解りだした思春期。
私はどんだけあのおじさんに酷い事をされたのか、理解する瞬間が増えてく。

幸いにも身体は無傷だが、最悪な出来事。

忘れ去られていた過去の心の傷から、どんどんフラッシュバックのようにモノトーンで思い返される。


気付けば男性の事を
「怖い」
と思うようになっていた。



幼き頃に体験した嫌な記憶は、自分が思っている以上に繊細に、頭にも、心にも、体にも残っている。





そして、
19歳となった今も。
私は音葉。
一応一人っ子。


一応?


そう、私にはパパ違いの兄がいる。

パパ違いの兄には3歳の時に会った事があるんだ。その時、お兄ちゃんは中学生。正直、記憶にないよね…ハハ。
でもね、高校生の時に再会した。ひと回りも離れてるお兄ちゃんだったから、凄く可愛がってくれたよ。だけど半年もしないうちに、また姿をくらましちゃった。今は結婚して子供もいるって、風の噂だけは知っている。



元気かな…。
私は彩乃音葉。
19歳。

只今、モテ期の真っ最中って感じ。



しかし私にはトラウマがある。





一つ、自ら告白が出来ない。

小6の2月14日バレンタインの日に、初めて好きな男子にチョコと手紙を放課後に渡した。受け取ってくれて凄く嬉しかった。でも15日の朝、その男子に乙女心を踏みにじられた。
それ以来、怖くて告白が出来なくなった。
上辺で喜んでくれていても、真は嘘なのかもと思うと怖い。


一つ、胸が無い。

マジで無い。シリコンを入れるか迷うくらい無い。
人は気にし過ぎだとか、見た目なんかじゃない。と言ってくれる。
嘘つき。
中学校の時、クラスの男子に突然触られて「洗濯板!」って言われた事がある。高校の時、女子に触られて「無いね~(笑)」って言われた事もある。
それにファッションも限られてしまう。キャミソールみたいな胸元が開いている服は着れない。
私の場合、中肉中背で別に痩せていないこの体格。なのにミラクルな程に乳が無い。こんなんで好きな男性の前で裸になんてなれっこない!無理!!


そして最後に一つ。
『男性恐怖症』

何だかんだで、コレが一番のトラウマ。
話せば長くなる。
しかし、高校で家庭科に進んだ理由も少なかれ此処にある。



全ては幼い頃に経験した最悪な出来事で、うまく恋愛が出来ない。
パパ以外の男が怖くて仕方ない。
だから恋心の理解が出来ないらしい。

理想ばかりの綺麗な世界観しか考えられない。



せっかくのこのモテ期に、私は成長できるのかな?

少しでもいい。異性を好きになるという心を知りたい。


そろそろ恋愛をしたい!という気持ちと裏腹に、恐怖なの。

「恋愛」をしたくて焦る。

大丈夫なのか?自分。





このトラウマ、何とかなるのかな?
どうにかなっていくのかな?

改善……できるのかな?
彩乃音葉。21歳。

私には変な癖がある。
それも、可愛くない癖。

子供が鼻をほじって、カスを食べちゃうくらいのほうが全然可愛いと思う。



いつからだろう…?こうなったのは。
いつから、こういう人間になってしまったのだろう?





あれは中学3年生の一学期。クラスに友達が一人も出来なかった。
おまけにひとクラス多いため、うちのクラスだけ他の3年生と別の階。最悪。

クラスの皆と何か自分は違く、波長が合わない。また合わす事も出来なかった私。

声をかけられても気をつかってくれてるのが判る。それが私には逆にウザくて仕方なかった。どうせ陰で何が言ってるのも知ってる。

幸いにも、うちの中学校には「さわやか相談室」という不登校の子たちが居れる部屋があり、私はそこへ毎日通ってました。
最初は休み時間だけ。そのうち授業の時間までも。最終的に1日3教科くらいしか授業を受けれなくなるくらい精神不安定になり…。

クラスに居場所が無いから逃げていたんです。
とはいえ当時は学校に行き、クラスに入ることが毎日必死で毎朝の課題。もうクラスの前に立つだけで、朝食べたものが口から出てきそう。そんな日々。

小学校の時、いじめに遭ってた。それを思い返せばいじめが無いクラスなのだからと頑張ってはいた。
でもその時、少なかれ友達はいた。
私は「友情」の無い世界には居られない。頑張る気力すら無くなる。



そんなある日、私は保健室に居たい。


バタン!!

「お前、こんなところで何やってんだよ!?」

怒鳴り込んできたのは社会の担任の先生。
えこひいきで有名な気まぐれな暴力的な先生。

一時間近くでしょうか、ずっと頭ごなしに説教され。
いつ、いつもの様にそこら辺を蹴るか判らない勢い。

泣くのを堪えてるのが精一杯で、最後は何を怒られていたのかも覚えていない。ぶっちゃけ半分怯えてたし。

その先生が去った後、保健室の先生に挨拶だけし、相談室の一部屋に駆け込み泣きじゃくった。

私の何が解るの?
私があんたに何かした?
私が授業に出ない事で何か迷惑かけたの?
何で担任じゃないくせに怒るわけ?
担任には許可取ってるのに…何で?
むかつく。…むかつく。



その後。保健室の先生が心配をして様子見に来てくれた。
自分が普通に学校生活を送ってる頃は嫌いだったなぁ…この先生。でも今は大好き。

「大丈夫?あまり気にするな。ウサギ目になってんぞ(笑)」
「うん」
「あの…さ、彩乃さんの事を想って怒ったんだと思うよ…」
「……うん…」

反論しなかったのは、自分が普通に学校生活を送っていなくて、悪いのが自分だと解っているから。

保健室の先生が去った後、気持ちのやり場が無く、
初めて刺した。
ドアのガラスを椅子で破壊して、破片で右手首を…。





コレが始まりだった。





自分の体から流れる赤い雫は、時として私の精神安定剤。


赤い雫…



そして私の悪い癖。




彩乃音葉。15歳。

晴れてこの春、高校生になりました。


一応、服飾の専門学校で高等過程がある学校。
ビジネス科と家庭科があり、勿論、迷いなく家庭科に進みました。

着付の教科があるから。着付は私の多趣味のなかのひとつ。

あとは、女の子の中に居たいから。
別にレズとかでは一切無く、自分が安心する為。何かと女の子と居た方が落ち着くの。
て言うか、過去にちょっとね…。


そして、絶対に中学3年の時のような思いはしたくない!
クラスの皆と仲良くなってやる。
新しいこの学校生活は楽しくしてみせる。

かなりの意気込みで、そう思ていた。


クラスの中には必ずっていうくらい、類友グループが自然と出来る。

私はオタク系のグループに入るらしい。決してギャル系じゃないし、そっちの方が肌に合う。

しかし、ギャルとも仲良くした。マセ過ぎた話がぶっちゃけ合わない。話方の口調が何となく疲れる。特に語尾がむかつく。
でも、どんな時もクラスに居やすい環境をつくりたかった。だから、ジャンル、グループに関係なくクラスの子と仲良くした。

甲斐があってか、居やすい環境を自分なりにつくれた。

なんて計画的な一年間だったのだろう…。



また、春が巡ってきて二年生になった。

私は相変わらずオタク系グループの中。

クラブはイラストクラブ。部活は友達と立ち上げた演劇部。高等科では美術部。
部長にはなれなかったけど、副部長という位置に着いて部長を支えた。

気付けば私は活発的な女の子になってた。
自分でもビックリ。

色んな人と接してきた去年。きっとそこから色々と得て今の自分になったのだろう。と、不と思い返した。
人は人と関わる事で、気付かぬうちに成長するものなのかも。

でも人間的に強くなったのかは判らない。



とうとう三年生になってしまった。

初めて携帯電話と言うものを親から与えられ、卒業も間近というのもあって友達と情報交換をした。

なんとか専門科も高等科も単位をギリギリにとり、ダブることなくここまできた。

後少しで皆とお別れ…

凄く淋しい……。



中学生の卒業式を思い出す。
あの時は淋しいとか悲しいなんてゆう感情はなかったなぁ。
逆にやっと終わるんだ、このクラスとの関係。って苦しみから解放された気分だった。



何だかんだで友達と色々とトラブったりもした。
でもこの二年ちょっとの高校生活は、ちゃんと楽しかった。これが青春というものなのかな?

ともかく精神的にはかなり安定した三年間。
悪い癖など出なかったどころか、そんなの忘れていた。


無事に卒業を迎えた。



その後の私は、着付の専門に通い。
友達の大半は、その高校の上の専門に上がり。

友達に対する依存が強く、何度も専門科に足を運んではこっそり片隅に隠れて一緒に授業を受けたりした。




全く不思議。
友達がいて「友情」が感じれるだけで、こんなにも前向きになれるなんて、不思議。


だから友情というものを大切にし、執着するのだと思う。
私は音葉。21歳。


今、リストカットをした。

何故って?
それは大好きな親友だと思ってた友達に捨てられたから。

え?「捨てられた」って言い方がオカシイ?
だって裏切られたわけじゃないもの。それに、私がそう思うような別れ方をしたのは相手の方。
男を選んだのは友達…。

いつも死のうと思ってする自殺未遂。
でもどんなに追い込まれてても、本気で死ねない。勇気が無いのも事実だけど、楽しい思い出が過去にある、そして未来にもきっとあるという確信が全く無いわけではないから。
未来なんて何が起こるか読めないもの。

手首から弱々しく流れおちる赤い雫を見て、冷静さを取り戻すと、そう思っているコトに気付くの。

だからこうして最後の一押しが出来なくて生きてる。

でも、本当は死にたくない。生きたいんだよ。

ただ自分の存在が無くなるのが怖いからそういう事をするの。

別に同情も何も要らない。

私をいつも必要としてるところに居たいだけ。
私は存在してる価値が感じれる居場所が欲しいだけ。



私が死んだら、だれか泣いてくれる?
私が死んだら、何人の人が涙を流してくれるの?


私が生きてるだけで幸せだよ、って……
そんなふうに想われる「存在」になりたい。



それが私の生きてる証となるから。
カウンター
プロフィール
HN:
みねこ
性別:
女性
職業:
主婦
趣味:
多趣味
自己紹介:
何かと夢見がちな子峰でしたが・・・
2010年7月から一児の母になります。
これからはちょっと変わったママとしてブログを更新してゆきますので、今後も暖かい目でお見守り頂けたら嬉しいです。

そんなわけで只今メンテナンス中。。。
カレンダー
05 2017/06 07
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
ブログ内検索
フリーエリア
最新トラックバック
バーコード
アクセス解析



忍者ブログ [PR]